最果てから二つ手前、マニラの水¶
2026-03-22 公開
2026年3月19日夜、川崎駅。 明日の昼過ぎには自分がマニラにいるという事実を、いまだ受け入れられていなかった。 無理もない。 フィリピンについて調べるたびに気が滅入る。 とにかく治安が悪い。 拳銃強盗に遭えば勝ち目はなく、マニラ近郊の路上で日本人観光客がバットで襲われたというニュースまで耳にした。 なぜマニラに行かなければならないのか。 PythonAsia 2026にプロポーザルを出してしまったからだ。
PythonAsiaは、アジア太平洋地域で開催されていたプログラミング言語Pythonのカンファレンス(PyCon APAC)を発展的に解消し、2026年から始まる新たなカンファレンスである。
「いつ海外のPyConで発表するの?」「今度は台湾でPyConあるよ」「フィリピンで」「韓国で」「タイで」「インドネシアで」「マレーシアで」……。 私を海外のPyConに送り込みたい勢力がいる。 私はPyCon JPには2014年から参加し、2018年に初めて登壇した。 日本で登壇したなら、次は海外、という理屈である。 私は持ち前の優柔不断さを発揮して、のらりくらりとかわしていた。 パスポートもないし、英語はまともに聞けないし話せないし、飛行機も苦手、等、等、等。 しかし、自分で外堀を埋めてもいた。 海外出張を見越してパスポートセンターに赴いたが、戸籍謄本に必要な本籍地を知らなかった。 門前払いかと思いきや、ベテランの職員が「本籍地入りの住民票を取ればわかりますよ」と助け舟を出してくれた。 PyCon APAC 2023で英語発表に挑んだが大失敗し、そのリベンジとして同じネタでPythonAsia 2026にプロポーザルを出したのだ。 また、台風の中を飛ばされたPyCon mini Hiroshima以来、新幹線で行ける範囲は新幹線と決めていたが、プロポーザルを出した後に飛行機になれるために会社の組合旅行に参加して札幌まで飛行機で移動した。 マニラの治安を調べずに当日を迎えていたら、もっと晴れやかな気持ちで出発できただろうに。
2026年3月20日早朝、川崎のホテル。 羽田からマニラ行きの便は9時半発。 国際線は出発の2時間前から搭乗手続きが始まるので、朝7時半には羽田空港にいなければならない。 寝坊は絶対にできない。 前乗りだ。 惰性でアプリ会員になっていたホテルを選ぶ。 京急なら15分ほどで行ける。 割高だが、寝坊して計画が崩れるよりは安上がりだ。 首尾よく起床して京急川崎駅に向かうが、すでに人が多い。 電車は満員。 なぜ海外出張で合法的に業務をサボっているのに満員電車の憂き目にあわなければならないのか。
2026年3月20日7時頃、羽田空港。 着いたものの、何をすればいいのかわからない。 オンラインチェックインで座席は指定した覚えはあるが、搭乗券を受け取った記憶がない。 近くのスタッフに尋ねる。 全日空の職員は「こいつ、何も知らないんだな」という目で説明してくる。 当然だ。 何も知らないのだから。 顔写真を登録し、長蛇の列を飛ばして手荷物検査へ。 周囲の疑問の的になっている登山用ザックでマニラへ向かう。
ゲートは144番。 見当たらない。 マニラ行きへの不安と重なるように、まばらな通路を歩く。 そこは最果てから二つ手前くらいの僻地だった。 同僚と合流する。 Slackでメッセージを送ってくれていたらしいが、通知を無視していたので寝坊したと思われていた。 一緒に朝食をとるが、ニセコのような値段に恐れおののく。 天丼が5000円。 うどんをすするが、値段の割には、という感想。 いよいよ搭乗。 グループは5番。 ゲートでもグループでも扱いがひどい。
2026年3月20日13時半、ニノイ・アキノ国際空港。 入国審査でパスポートを差し出すが、顔確認だけで終わった。 下手な英語を話して「カンファレンスで登壇するのに、こんな英語、絶対うそだろ」と思われるのは織り込み済みだったのに、一切質問もなくハンコを押されて放り出された。
空港からホテルへはGrabという配車アプリで白タクを手配する。 料金が事前に決まり、タクシーのような料金交渉が要らない。 Grabで手配するのがセオリーだ。 途中で有料道路に入る。 Grabの料金に有料道路代は含まれていただろうかと考えつつホテルに到着。
ホテルの入口には警備員と警備犬が待ち構えていた。 警備犬が車を一通りチェックし、警備員がトランクも確認する。 降りようとしたら有料道路の代金を求められた。 料金交渉をやりたくないからGrabを使っているのに。 仕方なく50ペソ渡す。 日本円にして約150円。 入口にはさらに、空港にあるようなX線の機械と金属探知機が用意されていた。 ザックをベルトコンベヤーに乗せ、ゲートをくぐる。 手荷物検査があるホテルは初めてだ。
チェックイン。 パスポートを見せ、適当に受け答えする。 同僚と同じ階にするかと提案してくれたが、丁重に断った。 部屋は適当に選んだわりに思いのほか広い。 丁寧にボトル水が2本置かれていたが、海外の水は信用ならないと判断し、一口も飲まなかった。
夕食は同僚と、ホテルの目の前にあるグリーンベルト・ショッピングセンターのレストランへ。 メキシコ料理だと思って入ったが、実際はアメリカ資本の、いかにもアメリカンな料理が出てくる店だった。 翌日のパーティでフィリピン料理が出ることを見越しての選択でもある。
信用ならないボトル水の代わりを買いに、ショッピングモールのスーパーマーケットを探す。 ホテルの人は「隣のランドマークというショッピングセンターにスーパーがある」と言っていたが、モールが異様に広く、それらしい場所が見つからない。 30分ほどさまよい、ようやくSMスーパーマーケットに辿り着いた。 ペットボトルの水を何本か買ってホテルに戻る。 道すがらランドマークに足を踏み入れると、ちゃんとスーパーマーケットがあった。 マニラのショッピングモールにはフロアマップが一切ない。 どこに何の店があるのかという案内も、何ひとつ存在しない。 フロアマップは贅沢品。 それがマニラの流儀らしい。
部屋に戻って発表練習。 持ち時間30分のところ、現状は20分程度。 余った10分をどう埋めるか。 ザックの中身を確認し、明日の段取りを頭の中で組み立てる。
2026年3月21日早朝。 Grabで会場の大学へ向かう。 ホテルのあるマカティは、治安が悪いフィリピンの中では比較的安全とされるエリアだ。 ホテルにもショッピングセンターにも金属探知機と警備員がセットで配置されている。 安全というのは、そういう意味での安全である。 一方、会場の大学があるマラテは歓楽街で、治安はよくない。 ホテルから大学へ向かう途中の道は、明らかにマカティとは違う空気だった。 大学の入場ゲートは主催者から指定されていたが、白タクは別のゲートへ連れていく。 運転も荒い。 愛想も悪い。 大学にも金属探知機がある。 もはや驚かない。
受付を済ませ、Speaker(登壇者)と書かれた名札を受け取る。 登壇者だと専用のTシャツをもらえることが多いが、今回はなし。 そもそも背中に大きく「SPEAKER」と書かれたTシャツは使いどころが難しい。
メインホールで講演を聴く。 暗い背景に暗いスライド。 解読不能。 リスニング力も壊滅的なので内容も理解不能。 唯一理解できたのは、自社のオープンソースの宣伝だということだけだった。
この手のカンファレンスは昼食が出る。 しかし、発表は午後であり、異国で楽しくランチという気分ではなかった。 事前に届いたメールには、会場の大学にはペットボトルは持ち込めないとあった。 食事スペースには給水コーナーもあったが、水の出どころがわからず、怖くて飲めなかった。 今日はホテルを出てからまともに水を飲んでいない。
ランチタイムが終わり、同僚の発表が始まる。 私の発表は余白との戦いだったが、同僚は時間との戦いだった。 全然時間が足りないと聞いていたが、そのとおり、タイムキーパーに追われながら駆け抜けていた。 無事に終了。 次は私の番だ。
スタッフが近づく。 自己紹介。 軽く会釈して握手。 10分前、5分前に残り時間を告げる、と伝えられる。 再び軽く会釈。 壇上に上がる。 私物PCと会場のプロジェクターの接続を確認する。 昔、PyCon mini Hiroshimaでうまくつながらず、急きょ目の前にいた知り合いのPCを借りて発表したことがある。 ある意味、ここが一番緊張する瞬間だ。
会場を見渡す。 スッカスカ。 参加者数がそこまで多くないうえ、会場が広くて空席が目立つ。 スタッフがまた近づく。 質問を受け付けるか、という確認だった。 リスニング力が壊滅的なので、チャットに投げてもらうよう依頼した。
発表時間が近づく。 普段は台本なしで、演台から降りて身振り手振りを交えるスタイルを学生時代から続けてきたが、英語では無理だ。 そもそもスライド送りのスイッチを忘れた。 演台に釘付けである。 司会者が現れ、英語で私を紹介する。
「Hello, everyone.」
自己紹介のページで吹奏楽団に所属していることを話したあと、おもむろにチューバの練習用マウスピースを取り出す。
「This is my mouthpiece.」
場に緊張が走る。 昨日ザックの中で見つけた練習用マウスピースだ。 持ち時間の余白を埋める秘密兵器。 バズィングをする。 低い振動音が会場に響く。 「それはなんですか」という空気と、「まあパフォーマンスはやったからね」という薄い拍手。 せめて『ラプソディ・イン・ブルー』の冒頭でも吹けばよかったか。 もっと拍手しろ、とジェスチャーを送る。 そこそこ拍手をもらう。 拍手は自分で稼ぐものだ。
残りは台本に沿って淡々と進める。 やはり英語だと制約が多すぎる。 PyCon APAC 2023のリベンジは果たした。 しかし、まずは英語の練習をすべきだった。
夜には登壇者とカンファレンススタッフの夕食会が企画されていた。 発表を終えた私と同僚はホテルに戻って小休止し、白タクで夕食会へ向かう。 フィリピンらしい料理を食べながら、フィリピンで教師をしているという女性とつたない英語で話す。 彼女は明日が発表らしい。
夕食会は途中で抜け、日本のコミュニティのメンバーとクラフトビール屋へ。 ノンアルは1種類だけ。 いざ注文しようとしたら、まさかの品切れ。 水は飲みたくない。 あるのはアルコール度数の高いビールばかり。 仕方なくフードだけ頼む。
解散後、ホテルに戻ると、カフェで歌とギターのリサイタルが開かれていた。 歌に誘われてカフェに腰を下ろし、ペリエのボトルを注文した。 炭酸が喉を潤す。 マニラに来て初めて、安心して水を飲んだ。