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オオサカ買い出し紀行

2026-02-07 公開

2026年2月7日土曜日7時42分、東京駅在来線コンコース。どうしてこうなったのだろうか。土日は監訳作業を進めるはずだった。今月中に辞書みたいに分厚い入門書の監訳を終えなければいけないのだ。つい最近、昔の同僚と進めていた翻訳本の担当分を終えたところである。技術書にも流行や賞味期限があり、AIは特に早い。入門書は実際に入門する時期である春に出さなければならない。2026年2月6日金曜日の夜に3章分終わらせた。印税生活など夢のまた夢である。最寄り駅を6時台に出発して東京駅に向かった。目的地は大阪、ミナミ。

2025年12月、東京・新大久保のDACでユーフォニアム・チューバフェアの一環としてチューバ大試奏会が行われた。DACの地下にあるホールにチューバを大量に並べて一試奏できるイベントである。入場料1000円。その際、Meinl Weston 5450S Thorが一番良かった。しかし、カタログ価格で370万円、販売価格で330万円、フェア価格で310万円。手が出ない。足も出ない。購入しようか悩み、Tuba88の中村さんに相談するなど有識者の意見をもらい、結局見送ったのだった。

2026年2月5日木曜日、練習後の飲み会にて。私は「最近気になっているものがある」と言ってスマートフォンの画面を見せた。大阪・ミナミのチューバ専門店に入荷したヤマハのC管YCB-623である。YCB-623S(シルバー)とYCB-623(ラッカー)は2024年3月発売以来、チューバとしては安価、かつ良い楽器として人気があり、現在は注文してから1年待ちという状況だった。またYCB-623Sが通常モデルで、YCB-623は特別生産品モデルでさらに希少だった。後で聞いた話によると、YCB-623は月間8本生産で、そのうちYCB-623Sが7本、YCB-623が1本らしい。それくらい珍しい入荷だった。

先輩が「欲しいんだろ?」と言って「カートに入れる」ボタンを押す。159万5000円。オンラインショップで買う金額ではない。そんな金額をカードで切ったことはない。いくらヤマハ製で評判がいいとはいえ、試奏せずに160万円は支払う気力も度胸もない。「大阪行こうぜ」と提案される。土曜日は空いている。話の流れで3人で行くことになった。細かい会話の正確性は飲み会なのでやや怪しいが、大阪まで試奏しに行こうか迷っていたところに背中を押してもらったのは確かである。それと同時に、5450S Thorの際になぜ先輩方に相談しなかったのかがわかるであろう。

2026年2月7日土曜日11時21分、新大阪駅。先輩方と合流して御堂筋線の大国町駅に向かう。大阪らしい雰囲気は特にない。試奏は13時からでやや時間がある。しかし大国町駅1番出口周辺に大阪らしい飲食店が見当たらない。CoCo壱番屋、松屋、ファミリーマート、いずれも東京でよく見るチェーン店だ。焼肉屋もあったが、今日の目的は食事ではなく試奏である。チューバ専門店の注意書きに「12時間以内に喫煙をされた方、および8時間以内にアルコール類を召し上がられた方は試奏をお断りします」とあり、煙やニンニク臭い状態で試奏するわけにはいかない。こちらはタバコやアルコールを抜いてきているのだ。餃子の王将、大阪王将ではないしこれから試奏だという思いは伝わらない。鴨そば屋を見つけて昼食を取る。今回における数少ない大阪要素である。味玉だと思い込んで替玉を注文していた。中華麺が珍しく見えたので中華麺を選んだが、果たして大阪らしい選択だったのか。

12時45分、目的地であるTUBAMANPlusに向かう。雑居ビルで、楽器店とは思えない入口と階段だ。チューバを担いで昇降するのは骨が折れる狭さ。インターホンを押すと店主が迎えてくれた。予約の際に伝えていたのは私の連絡先だけで、人数は特に伝えていなかった。先輩方を見て店主は「…お兄さんとお父さんでしょうか?」と私に尋ねてきた。説明も面倒だったので、「義理の兄と父ですね」と答えた。マンションの一室のようだが楽器店だった。所狭しとチューバのハードケースやソフトケースが並ぶ。試奏室へ案内してもらう。床がやや柔らかい。さすがに3人では狭く、数年前なら百合子に咎められる密度である。

リクエストはYCB-623だが、比較対象として似た楽器を用意してもらった。

  • 本命 YAMAHA YCB-623
  • 対抗 EASTMAN EBC-834S(選定品)
  • 大穴 PRESON PRC-J2 SP

いずれもC管で4/4と呼ばれるサイズのチューバである。一回り大きいのが5/4で、5450S Thorはそちらにあたる。EBC-834SはYCB-623のプロトタイプモデルが元になっているという噂がある、と店主から教えてもらった。EASTMANはヤマハのヨークモデルYCB-826のコピーで有名になったメーカーだが、依然としてヤマハをベンチマークしているようだ。

試奏室の関係で背後に2人いる状態で試奏し、色々とあれやこれや言われつつ「もっと息を入れろ」「普段からエチュードや好きなフレーズを持て」「そもそも譜読みしろ」など、試奏に限らないアドバイスをもらいながら比較を進める。試奏を進めるうちにPRC-J2 SPはすぐに候補から外れ、EBC-834SとYCB-623のどちらかになった。結論としては、実力がある人が吹けばEBC-834Sのほうが良い音がするが、そうではない人はYCB-623に助けてもらいながら吹いたほうがいいということだった。店主も「楽器のせいにできない楽器」と称していた。どれだけ名器であろうとも、行き着く先は奏者の実力なのである。

買うならYCB-623となった。買うなら159万5000円。確かに5450S Thorと比べれば安いし、今の実力にも合っている。160万円…。店主からは値段を少し値引くか、ソフトケース(約10万円)を付けるかという提案を受けた。想定通りの提案だったが、YCB-623は人気なので値下げ交渉は無理だろうと思えた。別に目の前の謎の一家に売らなくても自然に売れるだろう。買うことに決めたが、どうやって支払うか。当初はローンを組むつもりだったが、結局クレジットカードを切ることにした。送料込みで160万円。聞いたことがない金額を切る。その場で限度額の拡張を申請したものの、クレジットカードの現物と暗証番号だけで160万円も支払えるのはどのような信用の上に成り立っているのか。

狭い階段や扉をソフトケースを抱えながら抜ける。チューバを抱えて大阪を巡るのは難しいので、そのまま浜松町に向かうことにした。大阪大返しである。御堂筋線から新大阪に向かい、新大阪で大型荷物スペース付き座席を確保する。窓口の方の訛りで啄木の「ふるさとの 訛なつかし 停車場の…」を思い出す。大阪は故郷でもない上にニュアンスが違うが。新大阪駅で赤福を買おうと思ったが、背中のチューバの大きさと売店の通路が明らかに見合っていない。赤福を諦めて新幹線に乗り込む。京都で大型荷物スペース付き座席に外国人観光客のカップルがやってきた。その荷物は超大型スーツケースを4つも転がしていた。何を入れているのだろうか。どうやってもそのスーツケースとチューバを配置できるほど大型荷物スペースは広くない。スーツケースは空港にでも配送すればいいのにと思いつつ、仕方なくデッキにチューバを運んで佇む。私はスーツケースが嫌いで、登山用のザックで持ち歩くのを好む。以前、旅行前に腰を痛めた際に渋々スーツケースを購入した程度だ。結局、車掌がデッキに佇む私を見かけて謎の調整が行われ、チューバを縦置きするスペースを確保してもらった。座席で譜読みをしようと思っていたが、朝早かったこともあり疲れ果てウトウトしていた。東京駅から倉庫に向かい、楽器をしまった。その後、近くのちょっといい店で打ち上げを行った。

こうして、大阪までチューバを買いに行き、持って帰ってきた。あとは自分と楽器を信じて練習するだけである。