『荘子』外篇・雑篇を読んで¶
2016-09-26 公開
『荘子』内篇は学生時代の愛読書の一つだったが、外篇と雑篇は長らく手に取らなかった。
『荘子』は全三十三篇からなり、内篇七、外篇十五、雑篇十一に分かれる。荘子本人の手によるとされるのは内篇のみで、外篇と雑篇は弟子や後世の人々の著作だという。本人の思想に拘っていたので、内篇しか読まなかったのだ。
積読のまま三年が経ち、ようやく外篇と雑篇に手を伸ばした。通勤時間に少しずつ読み進めた。
外篇には『論語』を相当読み込んだ上での批判が多い。
孔子、行年五十有一にして道を聞かず。(天運篇 五)
『論語』為政篇の「五十にして天命を知る」が元ネタである。孔子が天命を知ったとされる年齢を、「道を聞かず」と裏返している。
幸いなるかな、子の治世の君に遇わざるや。夫れ六経は、先王の陳迹なり。豈に其の迹する所以ならんや。今、子の言う所は猶お迹のごときなり。夫れ迹は、履の出だす所なるも、而も迹は豈に履ならんや。(天運篇 七)
老子から孔子への返答である。六経は足跡に過ぎず、大事なのは足跡ではなく足跡をもたらした作用だという。思い当たる節が多く、世に広めたい一節である。
雑篇は外篇よりもさらに内篇から離れ、寂しさを感じた。訳者である興膳氏の専門の影響か、職人や盗賊のセリフがべらんめえ調に訳されていて、思想書として読むには読みづらい。一方、文学や物語として読めば、盗賊がきれいな口調で話さない分むしろ臨場感が出る。興膳氏の主張通り、雑篇は文学作品として読むのが楽であろう。
積読三年の末、『荘子』を読み終えた。次は『老子』を読もうかと考えている。『淮南子』は手ごろな完訳がないので手が出しづらい。